今辛い、お母さんとお父さんの為に・・娘は大学生になりました

不登校 元の学校に復帰出来た理由

不登校
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まみっちです。そろそろ1学期の期末試験の時期ですね。娘の高校では7月1週目に試験が始まり試験後10日程のお休みがありその後、終業式 夏休みという流れになっていました。高校の時はテストは受けていたものの、卒業まですべて別室受験をさせて頂いていたので毎回その調整の為 担任、学年主任の先生にご苦労をおかけしていました。(特にコロナの初めころは困難の連続・・)学校には通っていましたが、メンタルはまだ弱いままでテストに集中すると体調が悪くなっていたんですね・・

またこの時期は、もうすぐ夏休み(自分だけではなく、皆休み)ということで気が軽くなるお子さんがいる一方、欠席日数がかさみ今後の身の振り方を迫られる高校生もいることでしょう。子供自身が今後のことを考えられる体調、心境であれば問題ないのですが、まだまだ落ち着かず何も考えられないという状態であれば、考えを聞こうにも話し合いさえ拒否され、いたずらに日々が過ぎていくこともあるでしょう。(こういう真綿で首を締められる状態の時が親は本当に苦しい!)うちの娘もそうでした(1度目の不登校時)。なので親だけで通信制高校の合同説明会に行ったり、良さそうなところには直接見学に行ったりもしました。『百聞は一見に如かず』通信制高校のイメージがガラリと変わり、親としてはもう通信制高校で良いのではと考えました。相変わらず話し合いは出来なかったので、通信制高校のパンフレット数冊と、現在の各教科ごとの欠席数、あと何日で留年決定するかをリストにし 娘の目につくところに置いて様子を見ました。その数日後娘から「もう学校に戻ることは無理なの?もう留年決定したの?」という発言があり、やっと話し合いが出来ました。このまま何もしないという選択肢もありましたが、娘は「学校に戻りたい」と言いましたので一緒にそれが叶う方法を考えました。結果的に娘は元の中高一貫校に戻りましたが、これは なかなか少ないケースではないかと思います。通信制高校等、新しい場所で心機一転という本人の努力だけで進んで行くのと違い、困難の多い いばらの道だからです。多方面からの協力も必要で以下の1つが欠けても実現出来なかったと思います。

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元の学校に戻るために必要不可欠な4つの要素

本人の希望と努力

まずは本人の体調です。ここまで娘は約8ヶ月ひきこもっていましたので、ある程度回復し今後のことが考えられる心境になっていたと思います。中学受験して頑張って入学できた学校だったので簡単に諦めたくなかったのだと思います。また入学当初よりバレーボール部で頑張っていたため親友も多く別れ難かったのだろうと推測します。もし地元の中学に自動的に通っていて、親友もなく思い入れもなかったとしたら、きっと新しい道へ進んだだろうと思います。また復帰後は遅れた分を取り戻す為に一気に困難が押し寄せてきます。まず勉強は全く分からずついていけません。運動会のダンスもやっていないので分かりません。単位取得のために必要な家庭科の提出物や美術の作品、英語のスピーキングテスト等次々と押し寄せてきます。困難に挫けそうになりながらも、なんとしても進級し卒業したいという気持ちで頑張れたのだと思います。

学校の教員の連携と支援

学校の先生方にとっては「まさか、あの子が・・」と思う様な元気いっぱいの明るい生徒だったようです。最初からスムーズだった訳ではありませんが、担任の先生とスクールカウンセラーの先生に密に連絡を取り、情報の共有をして頂きました。私が子供の様子や要望など伝え、学校で協力可能な部分で叶えて頂きました。例えば宿題の免除、授業中に当てないなど。お手数をおかけすることが多く本当に申し訳なかったのですが、少しでも手数を削減するために電話ではなくメールでのご連絡を許可して頂きました。朝の欠席連絡もそうですし、こちらからの連絡も、学校からの連絡もメールで。各教科の先生方には私が送ったメールを転送するなどし、子供が頑張って卒業したいと思っていることや要望も共有して頂いたと聞いています。子供は当てられて困るかもしれないという恐怖から解放され、学校に行きやすくなりました。面談の際には子どもが休んでいることを注意されると思っていたら、学年主任の先生が「あなたの頑張りは良く分かっています。全力でサポートするからね。」というお言葉を頂き親子で号泣。お陰様で2度3度と不登校を繰り返した時もそれは変わらず、コロナの困難な時期にもテストの別室受験の機会を設けて下さり感謝しかありません。教師も人間なので色々な性格の方もいらっしゃるとは思いますが、もし思う様な協力支援が得られないと感じているようであれば、こちら(子供)の情報が不足または届いていないということはありませんか?不登校を実際経験していない人には「不登校=怠け」が浸透していると感じます。

学校の友人たちの協力、支援

娘が困難に当たった時、いつも助けてくれました。授業で分からない時も勉強を教えてくれたり、運動会のダンスが分からない時も一緒に残って教えてくれたりしました。辛くなって早退するときも、遅刻して登校してくるときも、いつも同じように接してくれたそうです。娘だけが宿題免除、授業中も不自然に当てられないなど、娘は恐縮していたようですが、それを指摘してくる子はいなかったそうです。先生方のご指導もあったと思いますが、本当に娘は恵まれた環境にいさせて頂いたのだと感謝しています。大学生になった今でも交流があり仲良くさせて頂いています。

親のサポート

今だから言いますが家庭科の提出物は母である私が作成しました。本人じゃないと都合の悪いものは本人がやりましたが、気力体力が続かないので随分私も手伝いました。以前の娘なら完璧主義者なので決して親は頼らなかったでしょう。学校の送り迎えは夫が車でやってくれました。1年の途中から娘は満員電車に乗ることが出来なくなっていました。朝1限目から登校すれば、夫の会社にも遅刻せず到着できるのですが、2時限目からとか、行くと言って行かなかったりとか随分振り回されました。夫の送り迎えがなかったら通えなかったかもしれません。

以上の4つが上手く組み合わさり復帰、卒業が叶ったのだと思います。もし親が現状を説明し様子を見ていても何も反応が無ければ、それがその子の答えだとし何か伝えてくるまで待つしかないですね。「待つ」と一言で言っても、本当に大変なことです。

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